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1.鳴沢村ジラゴンノ

1.ジラゴンノ運動場脇の青木ヶ原溶岩の断面

富士山の青木ヶ原溶岩を使った溶岩プレートは、焼肉用に最適です。大きく薄いわりに気泡が適度に含まれているので、油を吸い込み、おいしく焼けるのだとか。近年は、青木ヶ原溶岩の採取は禁止され、砕石場はすべて閉鎖されています。残っている溶岩プレートの在庫は大変貴重なのだそうです。
 焼肉プレート用の溶岩の採掘は、重機などを使って無理に割ると、効率的ですが、余計な亀裂がはいって、大きなプレートの歩留まりが悪くなるので、もっぱら手堀りだったのだそうです。いったいどうやって厚くて堅い溶岩を手で掘ったのか、地元の人に聞いてみました。それは、思いもよらない方法でした。
 鳴沢村付近の青木ヶ原溶岩流の下位には、約3000年前の大室山噴火でもたらされた大室スコリアが厚く堆積しています。このスコリアは、サラサラですから、スコップなどで簡単に掘ることができます。溶岩の下にある、この層をどんどん掘っていって、溶岩の層をオーバーハング状態にする。人が入れるくらい掘るのだそうです。もちろん、だんだん不安定になります。そしてついには、トップリングで傾き、どーんと倒れる。その直前に、きしみ音を聞いて間髪を入れず穴から逃げ出す。かなり危険な手法のようです。なぜならこの付近の溶岩の厚さは数m程度で、最大10m近くもあるのです。しかし、そのようにして倒すと、もともと溶岩流の中にあった、収縮亀裂にそって割れるので、余計な割れ目のない大きな塊が取れる。岩が倒れるときも、溶岩の下から掘り出したサラサラのスコリアの上にやさしく着地するので、ほとんど割れないのだそうです。その後注意深く小割していく。そうやって、長年、焼肉用の溶岩プレート用石材の生産を続けていたのだそうです。

図1 鳴沢村青木ヶ原溶岩採石場 国土地理院1975年撮影


図2 青木ヶ原溶岩流直下の大室スコリア層 熱によって赤色酸化している

現在、この採石場跡地は埋め立てられ、運動場として利用されています。運動場を囲むフェンスのさらに外側には、溶岩断面が残されています。特殊な砕石手法のおかげで、溶岩流の美しい自然な垂直な断面をが観察できるのです。この付近の一連の露頭は、大変貴重であるとして、鳴沢村教育委員会によって指定され、手厚く保護されています。
誰でも、いつでも自由に観察できる場所として、露頭の前は車を停められる広場になってます。大型の観光バスも入れるので、富士山の山麓の地質巡検の時には欠かせないポイントになっています。

この露頭では、溶岩断面に複数の縦穴が特徴的に認められます。直径は数十センチから数m程度に及びます。これはいわゆる溶岩樹形と呼ばれるものです。
樹林地帯に、粘性の低い高温の溶岩流が流れ込む場合、細い木などなぎ倒されてしまいますが、太い木はすぐに倒れないて、燃えながらも溶岩に抵抗する。もちろんやがては、炭になり灰になってほとんど跡形もなくなるのですが、そのころまでには、まわりの溶岩のほうが先に固まっている。そうすると樹木のあったところには、縦穴が残る。これが溶岩樹形の成因です。

さて、普通、地層が堆積する場合には、地層塁重の法則に従います。新しいものほど、より上位に堆積するわけです。上位にあるものほどより新しいはずだと思って地層を観察するという言い方もできます。
しかし、まれにそうではないこともあります。粘性の低い溶岩流はその例外のひとつです。大量の溶岩が緩斜面を流れる際や平坦地に流れ込んだような場合、表面が冷却しているのに内部がまだ固まりきらずに液体状態のままということがあります。そこに新しい、溶岩が流れ込んできた場合、その溶岩流の上に塁重せずに、溶岩流の内部の、まだ固まっていない部分に層状に注入付加して、全体としての厚みが増すということがあります。これが、溶岩流のインフレーション「溶岩膨張」とよばれる現象です。上ほど新しいという地層塁重の法則に反しているわけです。

樹形を、無理に上下に引っ張るとどうなるのか、そういうイメージです。うまく想像できなくても問題ありません。鳴沢村のジラゴンノ採石場跡地の青木ヶ原溶岩は、インフレーションもしているので、この露頭を観察すれば、その断面をつぶさに見ることができるのです。

断面を観察すると、樹形の内部にめねじの様な上下引張引き剥がし構造がたびたび認められます。半ば固まった溶岩樹形を、上下にゆっくり引っ張ってできた構造のようです。とても興味深い構造です。普通の溶岩樹形の断面を部分的に残しているものもありますので、その膨張の様子がわかってとても興味深いものです。
さて、ここで、問題があります。これらの溶岩樹形の膨張断面には、それぞれ看板が立てられています。看板には、これは世界的に珍しいここだけで見られる「スパイラクル」というもので、溶岩流を貫いて水蒸気爆発が発生した痕跡に他ならないとあるのです。

これは、明らかに間違った説明です。修正しなくてはなりません。
この青木ヶ原溶岩の断面の見事な露頭が発見され、保護しようという動きがあったのは、1970年頃です。当時は、まだ溶岩膨張という見方も考え方もありませんでしたから、田中収先生が「スパイラクル」であるという考えをしたのも、仕方なかったのかもしれません。もちろん、当時から異論も多く、津屋先生の論文にも、スパイラクルといわれているものの最下部からカラマツの根が見つかったので、水蒸気爆発説は誤りだという指摘が残っています。しかし、露頭の前の看板は、訂正されずそのままでした。

(1)スパラクルならば、水蒸気爆発に伴い下の地層の一部を巻き込み、パイプ構造の内側に付着したり入り込むことがあるが、そういう例はみつからない。(2)直下にある層は、湖成層や泥炭などではなく、風成層であり、溶岩樹形も多数あるので、水蒸気爆発を起こしやすいとは考えにくい。(3)溶岩樹形とスパイラクルと呼べれるものの大きさや分布に違いが見られない。(4)樹形とスパイラクルの中間的なものがあるが、樹木がある場合には、同じパイプを使った水蒸気爆発は起こりえない。(5)スパイラクルと呼ばれるものの上部は、じょうご型を呈しており、周囲に水蒸気爆発による噴出物は認められない。(6)縦穴を取り囲む、気泡のサイズや形、配列の特徴は、溶岩樹形の特徴と共通する。
など、さまざまな観察結果は、すべて、水蒸気爆発によるスパイラクル説を否定するものばかりである。

一方、この露頭で見られる青木ヶ原溶岩が、インフレーションをした、溶岩膨張をしたという証拠は多数観察できます。世界的に有名な米国のコロビアリバーバサルトcolombia river basaitの断面スケッチと、驚くほどよく似ています。多数の共通する特徴があるのです。以下に関係する写真を示します。