2.雁ノ穴火口
このページは、一般社団法人全国地質調査業協会連合会「地質と調査」の原稿作成用に整理したものです。最終印刷版のpdfは ここ「2014年(特定テーマ富士山)」でみられます
はじめに
富士吉田市の南東側、東富士五湖道路の少し南に「雁ノ穴」という名所がある(図1、図2)。1932年に国の天然記念物に指定されている(図3、図4)。ここは、北富士演習場の中であるが、演習が休みの日は、地元の人がハイキングを楽しむ姿も見られる。津屋先生が1968年にまとめられた、富士火山地質図1)の中では、「雁ノ穴」は、雁穴溶岩流を噴出した火口として記載されている。また、活動の時期についても、雁穴溶岩流と遺物の関係などから、5 世紀から 7 世紀の間に噴出したことが知られていた。なお、最近の年代測定結果からは、AD435-560(2σ)という値が報告されている(2))。
図1 位置図 地理院地図1/2.5万による
図2 地理院地図1/2.5万と赤色立体地図の重ね合わせ
図3 雁ノ穴縦断面図
図4 雁ノ穴平面図
2003年の調査によるホルニト認定
その後、2000年の低周波地震の群発を受けて、2001年から2003年にかけて富士山のハザードマップ検討を行った。その中で、この雁ノ穴火口についても詳しい検討を行っている。その結果、「雁ノ穴」は、雁穴溶岩流の火口としては、どうも疑わしいという結論になった。その根拠は以下の通りである。(1)雁ノ穴の断面に火砕丘を示すようなスコリアやスパッターが認められない、(2)雁ノ穴周辺に、普通の火口付近で期待される火山弾が認められない。(3)雁ノ穴の火口の内部が一般的な火口がすり鉢型をしてるのに対し、ほぼ垂直で、周囲の斜面も火砕丘と比較して、きわめて急である。 これらの特徴は、溶岩トンネルのスカイライトの上に生じる、2次的な溶岩噴出現象、すなわちホルニトと一致する。雁ノ穴は、溶岩トンネルの末端部に生じた、出口であり、ここを雁穴溶岩の火口であるとするのは、適切ではないとした。その上で、雁穴溶岩流をもたらした火口は、雁ノ穴で終わっている溶岩トンネルの上流端付近、すなわちより富士山山頂に近い南方向にあると推定し、その位置は現地調査を行ったが不明であった。そのため、雁穴溶岩流をもたらした火口は、ハザードマップ検討のための側火口データには、含まれていない。
図5 本穴ホルニト
図6 崩れ穴
図7 溶岩トンネル
レーザ計測による判読と現地調査から、不明であったの火口の位置を確認
2009年雁ノ穴付近のレーザー計測が行われた。樹木を除去した1mDEMを使用した赤色立体地図による判読の結果、2003年のハザードマップ検討の際に行った、雁ノ穴はホルニトであり、普通の火口ではないという判断が正しかったことが確認できた。
図8 赤色立体地図
雁ノ穴の南に、一直線の溝が認められる。この、直線的な割れ目地形は、南北に伸びる幅5-10m、深さ2-10m、長さ500m。溶岩トンネルの上流側に割れ目の末端が位置することから、割れ目火口である可能性が高いと思われた。2009年の富士砂防の業務の中で行った現地調査では、割れ目の東側に高まりがあること、この高まりより南側の割れ目から北東方向に、直接溢れ出した溶岩流があること。溶岩流の中には多数の溶岩樹型があること。非対称性から流下方向の推定を行ったところ、割れ目方向からあふれ出したということが確認された,
また、2014年の調査は、台風の直後であったために、この高まりには多数の風倒木がみられた。風倒木の根の裏側は雨で洗い流されており、根に絡みついた数多くの赤色酸化したスパッターや火山弾を確認することができた。これらことから、直線状の割れ目は、火口であることと考えられる。
また、この割れ目火口付近の溶岩と雁ノ穴溶岩の、全岩化学組成の比較検討を行ない、両者はよく一致するという報告がある。これらのことから、雁穴溶岩は標高 1,060mから 1,000mという低標高部の割れ目火口から噴出したと断定できる。
図9 割れ目火口 はっきりしている地点
図10 割れ目火口 広くて埋まってわかりにくい地点*
図11 手乗り火山弾
図10 溶岩樹型
元の割れ目地形の南端は、■■溶岩流付近で消失しするが、■■溶岩流に覆われてはおらず、より新しいものと考えられた。
雁穴溶岩の火口はこの割れ目火口から流れ出し、雁ノ穴の南の割れ目火口の末端部から溶岩トンネルに入り、崩れ穴付近を通過し、雁ノ穴の本穴ホルニトに到達していることが確認された。
雁ノ穴本穴ホルニトの意味
本穴ホルストの北側には本穴ホルストを中心として放射方向に複数の馬蹄形溶岩流出地点と溶岩流のながれる谷が分布している。本穴ホルニトの内部は正確に鉛直で水平断面は円形をなす。太くて長く、周囲に溶岩餅が積み上がっているので、溶岩樹型ではない。この縦穴がある位置は、溶岩トンネルの真上であり、上流側からのマグマ供給と下流側への溶岩流出の間で、流量調整を行っていたのではないかとおもわれる。上流側からの供給が下流での流下能力を超えた場合は、ここで、マグマ頭位が上昇し、最上部からオーバーフローし、周りに積み上げる。逆にマグマ供給が不足した場合は、本穴ホルニトのマグマ頭位が下がる。これを繰り返し上下したために、鉛直で正確に円形の、太さの揃った縦穴が残ったのではないか。
ハザードマップへの課題
この、雁ノ穴のすぐ南側の南北方向の割れ目が、雁穴溶岩の火口である事が間違いないということになると、この割れ目火口の活動時期は過去3200年間に含まれるので、ハザードマップ検討のための火口位置データベースに含める必要がある。
そのうえで、2003年当時のデータベースに基づいた火口形成可能性の高い範囲検討をやり直さなくてはならないことになる。その図を更新し、その外周線上でシミュレーション計算を行い、溶岩ハザードのゾーニングをやり直す。その後、その結果に基づき防災マップを再検討する。この地点は、富士吉田市街地から非常に近い。この割れ目火口を中心とした半径1kmの範囲には、東富士五湖道路がはいってしまう。避難所や、避難ルート、都市計画の基本的な考え方にも影響するだろう。容易なことではないが、避けては通れない。
あたらしい、過去の噴火にたいする知見が出るたびに、何度も書き換えるのかという意見もあるだろう。それは、タイムリーにやった方がいいと思う。ちょうど、われわれが利用しているOSに脆弱性が見つかった場合、ただちにアップデートするように、社会の脆弱性が明らかになったら、その都度対応していかなければならないのだろう。3.11の轍を踏んではならない。
図11 現状の富士山ハザードマップ作成で使用した将来火口形成可能性の高い範囲と雁ノ穴の位置関係
2005年にとりまとめた富士山のハザードマップ作成では、火口形成可能性の高い範囲を以下のような方法で整理した。
(1)過去3200年間の割れ目火口を含む側火口データベースを作成した。側火口の位置(緯度・経度・高度)と年代と噴出量を整理した。
(2)噴火規模ごと(大規模、中規模、小規模の3種類)に側火口を中心とする半径1kmの範囲、およびその側火口と山頂を結ぶ線の両側1kmが、近い将来火口が形成される可能性がより高い範囲として作図した。
(3)噴出の規模ごとに、それぞれの規模毎のエリアの外周線から、それぞれの規模の溶岩流のシミュレーション計算を実施した。計算開始点は、下流の地形を配慮し、もっとも遠方に到達しそうな地点を約2kmおきに設定した。
(4)すべてのシミュレーション結果を規模ごとの最遠到達地点を連ねるように包含線を引く
(5)到達領域の包含線を規模ごとに作成したものを、時間ごとに並べ替え、時間ごとの包含線のORをもってハザードエリアとした。
2013年11月3日に行われた、日本地質学会関東支部の富士山巡検で案内を担当した。その際に現地での説明の記憶を整理。当日は、富士砂防事務所からも3名同行
1) 富士火山地質図
2) 中野俊:富士山の噴火履歴と活動評価
3)土屋郁夫・永井健二・三輪賢志・岸本博志・鈴木雄介・千葉達朗・小川紀一朗:富士山における航空レーザー計測データを活用した火山防災のための地形分析 ,砂防学会講演予稿集,
http://www.jsece.or.jp/event/conf/abstruct/2010/pdf/P-108.pdf