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極座標でみた富士山

[地図中心原稿][富士山][DEM][火山][地図]画像はオリジナル解像度に変更


富士山の稜線

富士山は日本で一番高い山であると同時に、最も活発な火山であることは意外と知られていない。長期的に見ると、過去1万1千年間の噴出量は、48km3に及ぶ1)。これは、カルデラ噴火を除けば日本一の値である。
また、富士山は日本一登りやすい高山でもある。夏の7月から8月にかけて、毎年30万人もの老若男女が山頂を目指す。誰でも登れる、傾斜のゆるい、溶岩や火山礫で覆われた登山道が続く。あまたある山小屋への物資の補給は、ヘリではなく、ブルドーザーが担っている。日本の高山にブルドーザーで山頂まで登れるところが、他にあるだろうか。すなわち、富士山は「礫を積み上げた巨大なボタ山」のようなものである。こんなあやういものを日本一の高さになるほど積み上げた富士山は、非常に活発な火山ということになる。
一つの火口で数多くの噴火を繰り返した結果、火口の周りに直径10km比高2000mの巨大な円錐形の火山体が形成された。このような噴火を山頂噴火とよぶ。しかし、富士山では過去2200年間、山頂噴火は知られていない。最近は、もっぱら側噴火である。富士山の周辺には側火山(かつて寄生火山とよばれた)が、70以上も存在する(小火口をどう数えるかは難しい)。この側火山は、北西方向と南東方向に多く分布する。また、富士山は、小御岳、古富士、新富士と時代区分されており、段階的に積み上げるように成長してきた。よく、新富士の噴出物がすべてを覆っているような絵があるが、実は、古い山体の一部も斜面上に突き出すように残っている。スバルラインの終点の小御岳、北東斜面から小富士にかけての古富士火山の尾根などである。富士山が見る方角によってさまざまな形を示すのは、このような特徴による。


図1 富士山の稜線は美しい曲線

また、富士山はたしかに円錐形であるが、その斜辺の傾きは一様ではない。山頂から離れるに従い、徐々に傾きが小さくなるような"指数曲線"を描く。富士山を美しいと感じるのは、この微妙な曲がり具合のためである。またこの曲がり具合は、方向によってかなり違なる。単純な”末広がりの円錐”ではない。
本稿では、極座標変換という手法で、富士山にメスを入れ、切り開くことで、富士山を新たな視点からみていきたい。
 一般に火山の斜面勾配は、火口から地上にもたらされた物質の状態や運動メカニズムで決定される。これを、安定勾配や安息角と呼ぶこともある。富士山の山頂の火口近傍では高温状態のマグマの飛沫が落下し、再び相互に付着して一体化した溶結降下火砕物が見られる。この付近は、35度以上の傾斜で安定している。山頂から少し離れ、傾斜が20度程度の地域では、高温のマグマがそのまま液体として流れた溶岩流や高温の紛体や気体がなだれのように斜面を高速度で下る火砕流のつくる地形が観察できる。さらに、傾斜が10度程度に緩くなると、土砂と水が混合し高密度の流れとなって谷底を流れる土石流・泥流などがあらわれる。これらをさらに、降下スコリアや降下火山灰などの風成層が覆うので、時間とともになめらかとなっていく。局地的には、谷が形成されたり埋めたてられたり、さまざまなことがおきている、総じて、周りより高い部分は削り取られ、低い部分は埋まっていく、かくして富士山は世界的にもまれな、見事な末広がりの巨大な円錐となったわけである。

検討範囲

検討対象は、山頂(最高点ではなく、大内院のほぼ中央)を中心とする半径13.5kmの円形の範囲とした(図2の白丸の範囲)。この距離は、山頂から側火山分布限界までの距離である。北東方向の小臼、北西方向の下り山火口、南方向の大淵火口南限、南西方向の天母山はいずれもこの円周上に位置する。


図2 富士山とその周辺の地形の赤色立体地図+高度段彩による表現


極座標変換

地形データについては、国土地理院基盤地図情報0.4秒メッシュ(約10m)もとに、直交座標系(第VIII系)の50mメッシュにリサンプリングして使用した(図3)。極座標の原点は、山頂の大内院のほぼ中央(緯度35.36295,経度138.73035)とした。このような地形検討は、2009年に富士学会のシンポで紹介したことがある2)。今回、検討範囲を15kmから13.5kmに変更し、周辺の基盤山地の影響を排除して再検討を行った(図3)。


図3 検討対象範囲のレインボーゼブラマップ(更新済み)

図3をみると、北西南東方向がやや長い同心円で、放射状の筋はあるものの細く、深い谷はほとんど発達していないことがわかる。また、周辺ほど縞の幅が広いので緩いことを示す。
図4に、極座標変換後の画像を示す。X軸は、山頂からみた方位角で、南を0度とし時計回りに360度までの数値で示している。Y軸は山頂からの距離で単位はmである。

図4 極座標変換後のレインボーゼブラマップ

この図を見ると、側火山の集中する部分は周囲よりも高く、ニキビのように盛り上がっていることがわかる。特に、135度方向と315度方向に集中していることがわかる。なお、250度付近の高度のギャップは、丹沢山地が東側から突き出している影響で、南の御殿場側が低くなっている。

図5 極座標変換後の斜度分布図

図5は、同様の図で傾斜角を示したものである。西方向-高度3000mに見られる急斜面は大沢崩れである。また、方位320度の距離2-4kmにある円形のものは宝永火口である。方位180度の山頂から5kmほどの位置にある傾斜の急な部分は小御岳の山体が露出している部分である。方位250度付近向で山頂から5km付近にある尾根は古富士の山体の一部が露出している部分である。

投影断面

X軸に山頂からの方位、Y軸に高度をとり、50mDEMの格子点頻度分布をカラーで示した(図6)。単位は個数である。色と個数の関係は下のカラーバーに示した。高度の高い側が散面的になるのは、山頂に近い部分の地点数が少ないためである。富士山をスカートに例えれば、明るい下限の線がフレアスカートの周囲の高さに相当する。この図を見ると、最も標高が低いのは方位角45度で南西の富士宮方向であることがわかる。次に、御殿場方向、最後に富士吉田方向である。北西方向や南東方向に泡立つような模様が見えるが、側火山の山体の影響である。また、方位角200度から250度の忍野から山中湖にかけての方面は、周辺よりも有意に標高が高い。この方向に古富士の山体斜面があることなどを考慮すると、古富士の山麓緩斜面と見たほうがいいのだろう。


図6 方位別高度頻度分布図

山頂から高度に合わせて放射状に投影した図といったほうがよいかもしれない。図7には山頂を中心とする同心円横断の比較を示した。これらの図から、山頂からの距離ごとの地形の違いがよくわかる。

図7 同心円地形断面比較図


全方位縦断面重ね図

X軸に山頂からの距離、Y軸に高度をとり、50mDEMの頻度分布をカラーで示した。高度は20mごと、距離は50mごとに集計した。数値は色で表し、単位は当該座標のDEMの個数である。扇形に並ぶ放射状の断面を畳み込み集計した画像である(図8)。


図8 全方位の縦断面重ね図

この図を見ると、山頂から13.5kmにおける高度は350mから1100m程度の範囲にあり、最頻値は900m程度であることがわかる。山頂からそれぞれの方向の最低点に向け、徐々に高度を下げ、美しい曲線を描いていることがわかる。すべての方向にわたって、不安定さは感じられない。なお、曲線よりも上の、ピンク色に見える盛り上がりは、左側から宝永山、小御岳、大室山であり、最も右のものは丹沢山地である。

山頂からの距離と最大傾斜の関係

X軸に山頂からの距離、Y軸に着目点ごとの最大傾斜をとり、50mDEMの頻度分布をカラーで示した。高度は20mごと、距離は50mごとに集計した。数値は色で表し、単位は当該座標のDEMの個数である(図9)。


図9 山頂からの距離と最大傾斜の関係

山頂に近いところほど傾斜は急になるが、35度を過ぎたあたりでそれ以上上がらなくなる。このことは、山頂付近が安息角に達していることを示しているのだろう。現地の観察では、角礫だけでなく溶結降下火砕物や溶岩流などが分布している。高度が下がり、山頂から離れるにしたがって、傾斜が緩くなるが、5㎞ほどの地点を境に、傾斜の変化傾向に差が生じる。傾斜が10度以下の斜面を構成するのは、溶岩流や火砕流だけでなく、土石流や泥流堆積物が多い。この意味をどう考えればいいのかは、もう少し詳しく方位別の傾斜の変化傾向や、地質との関係を吟味する必要があるだろう。

まとめ

富士山について、50mDEMデータを用いて極座標変換を行い地形解析を試みた。従来の平面図や鳥瞰図では気がつかない新しい視点から富士山の地形を見ることで、山頂から約5㎞高度1700m付近を境界として、山頂側と山麓側で地形特性に相違があることが認識することが出来た。おそらく新富士火山の中期と呼ばれる時期に積み上げられた地形であると思われる。富士山の斜面は対数曲線のようであるが、山頂付近は斜面傾斜が一定となり、いわゆる安息角に達しているのであろう。富士山はプレート境界の真上に成長した火山で、周辺には活断層も多い。最初は、この断層変位が見えるのではないかと思ってやってみたのだが、なかなか簡単に結論は出せないようだ。何かはっと思うことひとつでもあれば幸いである。


文献

1)宮地直道(1988)新富士火山の活動史,地質学雑誌,94,6,433-452.
2) 千葉達朗(2010)富士山の地形-50mDEM円柱座標変換解析の試み-,富士学研究,7,1,3-13.